アートプロジェクト「ボクは神の子を妊娠した。」

レクチャー・パフォーマンス「ボクは神の子を妊娠した。」
日時:2015年12月23日〜27日
場所:TAV GALLERY

美術批評:飯盛希
企画  :TAV GALLERY
撮影  :渡邉寿岳
照明  :松尾宇人

プロジェクトⅡ:代理母マリアの出産
日時:2016年12月10日(土)
場所:blanClass

出演  :遠藤麻衣、河口遥、立蔵葉子、野本直輝、渡辺美帆子
生演奏 :當麻卓也
still撮影 :松尾宇人
movie撮影:河口遥
スペシャルサンクス:花子さん(仮名)、赤ちゃん
コーディネート:河口遥
 

現代において出産とは何か? そのことを初音ミクと聖母マリアを通して考え、実践するアートプロジェクト、それが「ボクは神の子を妊娠した。」です。 初音ミクは、ライブ会場で透過スクリーンに映し出され、踊り歌います。ポップでありながらもある種の崇高さを感じさせるようです。インプットされた音声を彼女は拒絶することなく、そのまま歌声としてアウトプットし、聴衆は熱いまなざしと声援を送ります。彼女のからっぽの身体は、大衆の欲望を引き受け、映し出す鏡です。そのさまは、生々しいアイドルというよりはむしろ、聖母を連想させるのではないでしょうか。 ミクのような存在を歴史をさかのぼり辿ってゆくと、僕に想起されるのは聖母マリアです。処女懐胎を天使より告げられたマリアは、神様の思し召しのままに神の子を引き受けます。けっして拒絶することなく、その身が容れ物となることを引き受けたマリアは、やがて神の子を出産します。彼女もまた、人々の欲望や期待を一身に引き受け、祝福されて、聖母となりました。 初音ミクと聖母マリア。この二つの存在は、人々の欲望を引き受け、異世界と現世の邂逅を表象するイコンとして重ね合わせることができるのではないでしょうか。 マリアとミク、二つの存在を重ね合わせてみたときに起こるずれ、それが出産です。純潔のまま子を身籠った聖母マリアと、けっして大きくなることのないミクのお腹。現代の欲望は、歌い踊るアイドルにその身をやつすことに向かいこそすれ、出産には向いていません。このずれについて思考することはつまり、現代の僕たちにとって出産とは何か?を問うことでもあるのではないでしょうか。なぜマリアは身籠ったのでしょうか。それは人々が待望していたからです。では現代のイコンにあたってどうでしょう。誰かミクの受胎を望む者はいないのでしょうか。